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1章 10

Author: 深田あり
last update publish date: 2026-05-01 20:08:59

 ひとしきり説明を聞いた紐育が、俺の肩に手を回しながら興味深そうに頷いた。

「へえ、そんなことが」

「そうなんですよぉ。およよよよ」

「泣くフリしない」

 俺は紐育の腕をどかし、ぺしっとアコのおでこを叩く。軽くな。

 さて、これらの話を聞いて紐育も呆れたことだろう。俺は紐育の方を向きながら――

「でさあ、紐育からも……紐育!?」

「へーへーへー」

「なんか、目が輝いてるんですけど!?」

 予想外の反応だった!

 紐育の双眸はまるで夜景のようにキラキラとしていて、全く想定していない顔である。

 すると紐育がアコの手を両手でがっしと掴みながら力強く言う。

「実はね、私音楽好きなんだよ!」

「へえ」  俺は思わず声を漏らした。

「でもほらうち神社じゃん? だから大音量でスピーカー鳴らそうとすると怒られるし、そもそもお母さんが聴覚過敏だからスピーカーダメって言うんだよ」

「はあ」

 それは知らなかった。紐育ってそういやあまり家のこと話さないもんな。神社の娘ってことくらいしか知らんし、あまり紐育の家にはいかないし。神社に行ってもすることないもんな。

 と、紐育が何故かしょぼんと肩を落とす。

「でもイヤホンじゃ音楽楽しめなくて」

「何聴くの?」

 俺は何気なく訊ねた。

「メタル」

「……紐育さん、あんたって人は……」

 なるほど、それじゃ自宅で聴けるわけない。

 メタルが鳴り響く神社を想像した。参拝客からぶっ飛ばされそうだった。

「デスメタルもパワーメタルもプログレッシヴメタルもメロディックスピードメタルもシンフォニックメタルもゴシックメタルもスラッシュメタルも大好きなんだよ」

「さっぱりわからん」

 しかしアコはわかったようで、今度は彼女が目を宝石のように輝かせる番だった。

「へえへえ! それは素晴らしいです! 紐育さん! 是非私で聴いてください!」

「でもアコちゃんイヤホンでしょ?」

 紐育の言に、アコは目をつむりながら人差し指をメトロノームのように振る。

「チチチ、私はそんじょそこらのイヤホンとは違います。私は一磁極性バランスドアーマチュア型イヤホンのフラグシップモデルなんですよ!」

「…………」

「…………」

俺たちの沈黙。アコは不思議そうに目をぱちくり。

「おや? どうしました?」

「前から聞こうと思ってたんだけど、何それ?」

 俺の素朴な疑問。ぶっちゃけ俺はオーディオなぞ何も知らん。

 するとアコはぽんと手を鳴らす。それはそれは歓喜に満ちた顔というか、素晴らしいくらいに頬が緩んだものだ。

「あ、では一から説明しますねっ」

「嬉しそうだねえ」

 俺は呆れたように頬を掻いた。

「まず、イヤホンを構成するドライバーについて教えますね。ドライバー、つまり振動板ですね。音というのは空気の振動です。そのため電気信号に基づいて振動板という板が前後に振動し、その振動によって音というのは発生するのです」

 アコはまるで機関銃のようにまくしたてた。凄い早口だ。

「その板にはいくつか種類がありまして、コンデンサー型、ダイナミック型、そしてバランスドアーマチュア型です。他にもハイポリマー型とかマグネチックアーマチュアとか平面振動板とかあるんですが、それは置いておきます。平面振動板はダイナミックの一形態ですし」

 アコの弾丸めいたトークは留まるところを知らず、俺の鼓膜にキーンと響かせやがっててくれる。

 彼女は続ける。

「それぞれに音の特徴がありまして、私はバランスドアーマチュアという分類になります。これは本来補聴器に使われていたドライバーでして、中高域が綺麗に聴こえるという特性があるんです。より声がわかるようにね。かつては低音が弱いという欠点がありましたが、今では技術開発によって低音もしっかり出るようになったんです。私も低音には自信があります!」

 声が枯れ始めている。何もそんなに情熱を傾けて喋らなくてもいいのに。

「ちなみに一番一般的なのはダイナミックドライバーですね。スピーカーやヘッドホン、イヤホン全てに使われています。ただバランスドアーマチュアとて負けてはいません! 真のバランスドアーマチュア、即ちBAの鳴らすサウンドはただごとではないです!」

 正直少し感動してしまうほどである。

 果たして俺に彼女ほどの情熱をもてるだろうか。何か熱くなるなんて、何かに燃えられるなんて、俺にはないけれど、持てるなら持ってみたい?

 いや、しかし俺は――。

「あ、言い忘れていました! 一磁極性というのはBAの鳴らす形態の一つでして、本来鉄片な形状をしているBAですがダイナミックみたいに円盤状になっており、磁力に違いがあります。先ほど言ったマグネチックアーマチュアと同じ特性なんです!」

 俺の思索をよそに彼女は一気にまくしたて、荒い吐息を漏らしながら疲憊した面持ちで、

「はぁはぁ……お、おわかりいただけました?」

と言った。

「まあ、原理は」

 なんちゅう長い説明だろうか。正直呆れて物が言えません。

 しかしそんな常識的な反応をしたのは俺だけであった。

「へえー、イヤホンの世界って凄いんだねえ。私感動しちゃった」

 当然そんな反応をすればアコが大喜びするわけで。

「さ、聴いてください! 私を!」

「……そうねえ」

 俺は腕を組み、首をひねった。

 思うことはあるのだが、抵抗はある。前にも言ったが、新しいものを得ること、知ることへの恐怖心が、どうしても俺の足を止めてしまうのだ。

 だがそんな俺の気持ちを介さないアコが怒りの表情を向けながら猛然と詰め寄ってきた。

「何を迷っているんですか! さ! 善は急げですよ!」

「うーん」

 しかし、しかし――。

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